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気になる外貨建てmmf

80年代半ばまで、産業界の雄たる座をほしいままにしていた米国のコマーシャルバンクは、「3つのL」と呼ばれる困難に見舞われ、その座を証券や投資銀行に譲り渡すことになった。
その後、約10年の苦難の道を経て、米国のコマーシャルバンクは大きく姿を変えて復活を遂げつつある。 米国のコマーシャルバンクをここでは米銀と呼ぶことにする。
米銀がその地位を奪われた原因となった3つのLとは、LDC(発展途上国向け債務)、LBO(買収先の資産を担保にした借金による買収)、LAND(不動産融資)である。 最初のLは、石油危機に端を発した。
石油危機の時、米銀は、産油国に集中した世界の富を預かり、「国は潰れない」のモットーのもと、このオイルマネーを発展途上国の政府向け融資(リブリン.ローン)につぎ込んだ。 現実には、融資を受けた途上国は所期の計画のような経済発展を遂げられないばかりか、メキシコのように国が破産状態に陥るケースまで出てしまった。
融資した資金は焦げ付き、回収不能となり、そのツケは米銀がかぶることになったわけだ。 2番目のLは、80年代半ば以降の企業のM&Aブームにある。

ここで活躍したのがIンベストメントバンクだ。 Iンベストメントバンクは買収や合併をしたくても資金のない事業家に、買収先の資産を担保に銀行から融資を受けるというスキームを提案した。
米銀は下請け的に、このような事業家に融資した。 これらの事業者は多くの場合、たとえM&A自体は成功しても、莫大な借金を抱えて破綻するケースが多かった。
そのときにはIンベストメントバンクは既に役割を終えて身を引いており、結局、銀行が大きな負債を背負うことになった。 Iンベストメントバンクはスマートで、コマーシャルバンクは少々鈍くさいというイメージは、この頃、米国で作られたもののようだ。
3番目のLの不動産融資の破綻はいうまでもないだろう。 同時にこの間、証券市場が成熟し、個人も企業も、もはや銀行を頼らなくても資金の調達や管理、運営をできるようになってしまった。
個人に対しては、Mリルリンチがバンクワンと組んで、MMFを中核商品として、株式.債券の運用、小切手の振り出し、クレジットカード決済などができるキャッシュ.マネジメント.アカウント(CMA)を売り出したことが、銀行離れの引き金となった。

外貨建てmmfについて真剣に考えてみました。秋葉原でしか手に入らない外貨建てmmfです。